Tottori University

ホーム > 地域・一般の方へ > 砂漠・乾燥地について >食料生産と持続的農業技術

食料生産と持続的農業技術

水管理技術

灌漑

農業生産を安定的に行うため、灌漑は重要な技術であり、とくに、乾燥地の農業には灌漑が必要不可欠である。大規模な灌漑システムは、水源施設~送・配水施設~灌漑地域からなり、全体を効率よく管理することが要求されている。圃場段階の灌漑方法は以下に示すものがあり、地形、土壌、水資源、作物、経済性などを考慮して決定するが、適用効率も考慮しなければならない。一般に、マイクロ灌漑や散水灌漑は適用効率が高く、損失水量が少ないが、施設費と管理費が高い。地表灌漑は施設費は安いが、灌漑操作に多くの人手を要する。また、適用効率が低く、損失水量が多くなり、地下水位の上昇や塩類集積を招きやすい。世界的にみて、地表灌漑が最も多く使われており、地下水位の上昇や塩類集積を防ぐため、灌漑と排水を一体的に管理する必要がある。



【圃場段階の灌漑方法】

灌漑方法  種類
地表灌漑
(surface irrigation)
畦間灌漑、ボーダー灌漑、コンターディッチ灌漑、水盤灌漑など
(一般に、適用効率は低い。畦間灌漑では、適用効率を高めるため、水が畦の下流端に到達した時、畦への流入流量を減らすカットバック方式や断続的に流入させるサージフロー方式が着目されている。)
散水灌漑
(spray irrigation)
スプリンクラー灌漑(小型~大型スプリンクラー灌漑、自走式スプリンクラー灌漑、センターピボット灌漑も含む)、多孔管灌漑、ミスト灌漑など
  (適切に設計し管理すれば、適用効率が高い。)
マイクロ灌漑
(micro-irrigation)
点滴灌漑、マイクロスプリンクラー灌漑、マイクロスプレー灌漑など
(適切に設計し管理すれば、適用効率がとくに高い。)



提供 安養寺 久男
図1 畦間灌漑(ホンジュラス)
(適用効率の低い灌漑方法であるが、このように多量の水が畦下流端から流去すれば、適用効率はさらに低くなる。この流去水を減らす方法がカットバック方式やサージフロー方式である。)
 
提供 安養寺 久男
図2  ボーダー灌漑(中国)
(適用効率の低い灌漑方法であるが、このように圃場があまりにも長ければ、上流側と下流側の浸入水深に極端な差ができて、適用効率が低くなる。また、上流側では必要以上に多量の水が浸入するため、 地下水位の上昇を招きやすい。)


提供 安養寺 久男
図3 水盤灌漑
(適用効率の高い灌漑方法であるが、このように多量の水が水盤から越流すれば、適用効率は低くなる。)
 
提供 安養寺 久男
図4 センターピボット灌漑(中国) (自走式スプリンクラー灌漑の1形態である)


提供 安養寺 久男
  図5 点滴灌漑(イスラエル)
(適用効率の高い灌漑方法である。作物の根元だけに給水する部分的な灌漑であり、土壌面蒸発量を減らすことができる。また、管路に取り付けられた小さなノズルからの吐出流量をほぼ均一にすることができるため、管路の延長方法に沿ってほぼ均等に灌漑することができる。部分灌漑と合わせて、適用効率がさらに高くなる。)



水資源の形態と利用方法

水資源の形態は多様であり、その利用にさまざまな工夫が凝らされている。

水資源の形態 灌漑・利用方法
雨水 ウォーターハーベスティング
(マイクロ・キャッチメント、エキスターナル・キャッチメント)
水蒸気
集露(Dew Trap)、集霧(Fog Trap)
洪水 洪水灌漑(Spate Irrigation)、拡水(Flood-water Spreading)
地下水 カナート(フォガラ、カレーズ)、井戸、地下ダム、管井による地表との複合利用
排水(廃水) 廃水と真水の混合再利用、排水の再生利用
海水・塩水 淡水化(脱塩処理)・・・蒸留式、逆浸透膜式、電気透析式



図7 ウォーターハーベスティング(Water harvesting)(雨水の利用)



図8 南アメリカのフォッグトラップ


【水蒸気(露、霧)の利用】
露、霧に由来する水は非常に限られた量である。しかし、湿度の高い冷涼海岸砂漠では降露回数や霧の発生回数が多く、植生の生育を可能にしているところも多い。
(1)集露(dew trap):イスラエルの砂漠では、プラスチックシートを集露材として利用し、苗木を育てている事例がある。オーストラリアでは緊急時の飲料水確保に同じ方法を用いている。 (2)集霧(fog Trap):ペルー、チリなどではナイロン製格子網等を用いて霧から水分を集め、海岸あるいは湖岸沿いに作物が栽培されている




図9 パキスタンの洪水灌漑


【河川水・洪水の利用】
伝統的利用方法・・・洪水灌漑(Spate irrigation)および拡水(flood-water spreading):
普段は水のない涸川(wadi)に低い堰を設置して洪水期に取水し、導水路を経て耕地へ水を供給する比較的大規模でダイナミックな灌漑形態である。スーダン東部、マグレブ諸国、エジプト等でみられる。
近代的灌漑:
利用可能水資源量の規模と受益面積のサイズに合わせて計画する。必要に応じて、ダム、ポンプ場、頭首工(井堰、粗朶堰)、用水路(幹線→(○次)支線→圃場用水路)を整備する。




図10 フォガラの概念図


【地下水の開発・保全】
伝統的利用方法・・・(1)カナート(qanat):
地下水を自然流下で耕地まで導水する地下水路で、乾燥地に広く分布している。カナートは母井戸、地下トンネル、それに竪坑からなる。母井戸は、安定的に湧水が得られ、かつ耕地へ導水が容易にできる場所に設置する。地域により呼び方が異なり、カナートはイラン、イラクで使われる名称である。パキスタン等ではカレーズ(kariz)、北アフリカ、サハラではフォガラ(foggara)、中国名では坎児井(カンアルチン)と称される。
(2)井戸:管井(tubewell, tubular well, bore hole)、浅井戸、深井戸等がある。




図11 地下ダム(沖縄・宮古島)の概念図


【地下水の開発・保全】
近代的利用方法・・・地下ダム(groundwater dam):
地下ダムは水資源開発の有効な方法であり、孔隙率の大きい地層に止水壁を設け、地下水流を堰き止めて貯留し、地下水を安定的に利用できるようにする施設である。地下ダムの立地条件としては、豊富な帯水層が存在し、さらにその下部に不透水層が谷状になっている必要があり、地下谷の存在が前提となる。日本では宮古島を中心に沖縄県の離島等における水資源開発にこの実績があり、琉球石灰岩地帯の地下ダム建設技術はほぼ確立されている。乾燥地域、砂漠化地域の水資源開発・管理技術として注目されている。



【淡水化(脱塩処理)技術】
(1)蒸留式
この方式は塩水を熱して発生した蒸気を凝縮して淡水を取り出す方法である。世界中の前脱塩処理プラントの約70%は蒸留式によるものである。中でも多段フラッシュ蒸留式が主に採用されている。大規模プラントではこの方式が一般的である。サウジアラビアのジュベイル・プラントのように日淡水化量が100万m3というものもある。、この処理方式では、全可溶性塩類の濃度が10,000~100,000mg/Lの原料水を対象とする。

図12 太陽熱を利用した蒸留式脱塩処理 小規模なものでは太陽熱を直接利用して塩水を蒸発させ、蒸発した水分を凝縮した後、集水するガラス温室状の淡水化装置が実用化されている。(左図)





図13 逆浸透式脱塩処理の概念図 【淡水化(脱塩処理)技術】 (2)逆浸透式 この方式は塩水に高圧をかけて水分だけ膜を通過させ、浮遊あるいは溶解している物質を取り除く方法である。逆浸透式は幅広い水質条件に柔軟に対応でき、かつコストの低廉化が顕著であるため近年増加傾向にある。米国ではこの方式が主流となっている。この処理方式で対象とする原料水の全可溶性塩類の濃度は、 35,000~45,000mg/L以下である。





図14 電気透水式脱塩処理の概念図
【淡水化(脱塩処理)技術】


(3)電気透析式
この方式はイオン交換膜を利用して塩水を淡水化する方法である。水槽に陽イオンだけを透過させる陽イオン交換膜と陰イオンだけを透過させる陰イオン交換膜を交互に配置し、塩水を入れて電位を加えれば、交互の隔室から淡水と濃縮塩水が得られる。この方式は工業用に特に純粋な水を製造する場合に採用される。この処理方式で対象とする原料水の全可溶性塩類の濃度は、10,000mg/L以下である。




排水

 農業生産を安定的に行うため、排水は灌漑と合わせて重要な技術である。とくに、乾燥地では塩類集積の危険性が高いため、過剰な地表水と地下水の排除が必要不可欠である。必要以上に多量の水を灌漑し続けていれば、地下水位が上昇し、ついには毛管力によって地下水が地表に上昇し、地表に塩類が集積する。それを防ぐため、過剰な地表水を排除し、土壌の過湿状態を改善することと、地下水を排除し、地下水位の上昇を抑えることが重要である。そのためには、灌漑地域全体に広域的な排水組織を整備する必要がある。


物理的排水

地表排水 地表にある過剰水の排除
地下排水 地表排水が不可能な地表残留水及び難透水性土壌中の重力水の排除、ならびに地下水位の低下等を目的とする排水で、水平排水と垂直排水とがある。



図15 地表排水(エジプト・ファユーム低地)
提供 北村義信 




図16 垂直排水による既耕地の塩害防止と複合灌漑(エジプトの事例)


管井を用いた地下水と地表水の複合利用(conjunctive use of surface water and groundwater):
地表と地下水の複合的な利用形態はインダス川・ガンジス川沿岸、中国北部平原、米国西部などの乾燥地域で広く行われている。特にインダス平原においては、大規模な地表灌漑に加えて、大小多数の管井による垂直排水を組み合わせた複合灌漑が特徴的である。両者の混合比率は地下水の水質によって調整する。

 



生物的排水

樹木や灌木の吸水力を利用して行う排水で、バイオ排水という。低地での排水、水路沿いの地下水上昇の防止、圃場での地下水位制御等に、吸水力の強い樹木を植栽することにより効果を発揮している。この場合、防風効果も期待できる。



図17 生物的排水の概念図

 

塩類集積土壌の改良

農地に集積した塩分を除去し、耕作可能な状態を保持する方法として、次のようなものがある。これらは塩類集積の状況に応じて複合的に適用する場合が多い。

1)排水環境の整備
地表排水、地中排水を改良する。

2)表層集積塩の除去
スクレーピング:極端な蒸発により土壌表層に集積した塩類を削って取り除くこと。
フラッシング:土壌表層に集積した塩分を水で浸透させないで洗い流すこと。

3)根群域集積塩の除去
リーチング:根群域に集積した塩類を灌漑水で溶解し根群域から除去すること。土壌がソーダ質化している場合には、リーチングによって土壌の物理性が著しく悪化危険性があるので、ある程度の塩類濃度を持ち、ナトリウム吸着比(SAR)の小さい灌漑水を使用する等の注意を要する。

4)水稲作を取り入れた輪作体系
水稲作を取り入れた8圃式あるいは9圃式の輪作体系を導入することにより、畑作期間に集積した塩類を除去することができる。

5)土壌改良材の施用
ソーダ質土壌をリーチングする場合、NaイオンをCaなど都合のよいイオンに置換する等、土壌を改良しておく必要がある。一般にソーダ質土壌の土壌改良材として、石膏(CaSO4・2H2O)あるいはパイライトが使われる。


石膏の施用による土壌改良)
2NaHCO3+CaSO4(石膏)→ CaCO3+Na2SO4+CO2+H2O
NaCO3+CaSO4(石膏) → CaCO3+Na2SO4
(Na2SO4は可溶であり、リーチングが可能)

乾燥地での作物栽培技術

乾燥地では水は貴重な資源であり、最小の水を使って最大の収量を上げる効率的な栽培技術が求められている。灌漑農業では灌漑水の利用効率を高めること、天水農業では雨水を有効に利用することが課題である。


灌漑農業

灌漑方式には、地表灌漑、散水灌漑およびマイクロ灌漑がある。種々の灌漑法によって水の利用効率は異なり、水路から畦間に水を引く畦間法よりも、スプリンクラーによる散水の方が使う水は少なくて済む。さらに、パイプまたはホースを利用した多孔管法(またはドリップ灌漑)はスプリンクラーより使用水量が節約できる。



提供 井上知恵
灌漑水路

 
提供 安  萍
ドリップ灌漑

提供 安  萍
スプリンクラー灌漑



天水農業

降雨依存農業(またはドライファーミング)は、等高線栽培などにより表面流水を防ぎ、ウォーターハーべスティングにより多くの雨水を土壌中に集め、植物や石などを利用したマルチにより土壌水分の蒸発を防ぐ農法である。また、乾燥地の小規模農業によく見られる混作・間作にもマルチ効果があり、ドライファーミングにその伝統的な作付体系がしばしば見られる。



提供 李 偉強
小麦栽培における
トウモロコシ茎チップによるマルチング
 
提供 坪  充
トウモロコシとインゲンマメの間作

乾燥地で栽培される作物は一定の耐乾性を必要とする。また、乾燥地ではしばしば塩類集積を伴うので、耐塩性も必要である。ソルガム、ヒヨコマメ、スーダングラス、アルファルファ、トマト、ホウレンソウ、ナツメヤシ、マンゴーなどは乾燥地の環境に耐性を持つ作物である。




耐乾性・耐塩性作物の育種

耐乾性、耐塩性に優れる作物品種の育成法は、通常、まず多数の遺伝資源を集め、それらを乾燥条件、高塩分条件で栽培選抜し、耐乾性・耐塩性の形質を多収性 などの優良形質を持つ他の系統に取り込む。従来、このような育種は、交配と選抜によって行われてきたが、最近の遺伝子工学の進展により、異種の生物間でも 耐乾性、耐塩性の導入が可能となった。耐乾性が増強された遺伝子組み換え植物(タバコ)が1993年に初めて報告され、それ以降はイネ、小麦、アルファイ ファ、シロイヌナズナ、タバコなど40以上の遺伝子組み換え耐乾性植物および60以上の耐塩性植物が作出されている。しかし、遺伝子組み換え耐乾性・耐塩 性植物が実際の農業生産現場で実用化された例はない。



提供 井上知恵
耐乾性の高い
中国黄土高原在来小麦品種「紅芒麦」

 
提供 安  萍
耐塩性の強いアメリカ大豆品種Dare(左)と
弱い日本の品種Tachiyutaka(右)



新植物の開発

乾燥地で植物は、温度、乾燥、塩類などの環境ストレスにさらされている。既に、これまでも交配や突然変異の誘発による育種によって様々なストレス抵抗性植物の作出が試みられてきているが、こうした方法は既存の遺伝子に依存しているために限界があると考えられる。本来その種が持っていない、あるいは微量しか発現しない遺伝子を使うためには、遺伝子操作によって別種の植物や他の生物の有用遺伝子を導入する必要がある。有用遺伝子の探索や遺伝子導入に関する研究は精力的に行われており、外来遺伝子を導入してストレス耐性を高めたという成功例もいくつか報告されている。将来的には、分子生物学、植物環境生理学、遺伝子工学、生化学およびバイオインフォマティクスなどの各研究分野の協調による統合的解析によって植物の環境ストレス応答を網羅的に解明することが必要であり、諸外国の乾燥地に分布・生息する耐乾性・耐塩性植物等の生物資源の探索に努めることによって新規有用耐性遺伝子の発掘が期待される。

前のページへトップページへ

ページトップ