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異なるコムギ品種間のフェノロジーと水分効率を評価するリモートセンシング的手法を提示しました。

分光放射と放射温度を用いたコムギの生長モニタリング
中尾里菜・木村玲二・杉浦李果・石井孝佳

学会誌: 沙漠研究(34巻3号)

観測技術や情報インフラが十分に整備されていない乾燥地では、育種による効果を継続して評価することが難しく、将来的に品種を根付かせる際の大きな障害となっています。育種の実利用を目的とする場合、生育環境下でフェノロジーや生理的な性質に関する情報を迅速にかつ多量に得るための技術(フェノタイピング)が不可欠であり、それらを可能にするリモートセンシング技術への期待が高まっています。本研究では、乾燥地におけるコムギ育種の効果を継続的に評価することを目的として、分光反射と放射温度(群落面温度)の観測データを用いて、異なるコムギ品種(標準コムギとイネコムギ※)間(図1)のフェノロジーと水分効率を評価する方法を提示、検討しました。
分光反射による正規化差植生指数(NDVI)は、Initial period、Crop development period、Heading period、Ripening periodで示される各生育期間(フェノロジーの変化)を的確に再現していました(図2)。群落面温度と気温の差は、出穂日以降急激に減少することが示されました。理由として,出穂による顕熱フラックスの減少と潜熱フラックス(主に蒸散量)の増加が考えられます。放射温度と熱収支モデルによる水分効率の指標(コムギ水ストレス指標:WWSI)の季節変化は、正規化差植生指数(NDVI)の季節変化とよく一致していましたが、その値に明らかな差が認められました(図3)。そこで、各指標の結果を用い、異なるコムギ品種間のフェノタイピングを行うことを試みました。両区間で、正規化差植生指数(NDVI)の値やフェノロジー(各生長期間や出穂日)について、ほとんど差異は認められませんでした。一方、コムギ水ストレス指標(WWSI)に関しては、Crop development periodからRipening periodにかけてイネコムギの方が低く(すなわち、水分効率が高い)、特にRipening periodにおいてその低さが顕著になりました。光合成速度の観測では、イネコムギのそれが標準区と比較して有意に高かったことから、イネコムギの蒸散活動は標準区よりも高かった可能性が考えられます。
フェノタイピングでは、フェノロジーや生理的な性質に関する情報を迅速にかつ多量に得ることが不可欠です。本研究では、二区画だけの比較に制限されましたが、今後はハイパースペクトルカメラや放射温度計を搭載したUAVで反射率や放射温度の観測を行い、本研究で提示された指標を適用することで、多区画のフェノタイピングに応用することを考えています。

※イネコムギ:高温・高湿耐性を有するイネと、低温耐性を有するコムギについて、顕微授精法によって両者の生殖細胞から創出されたもの。

図1.観測の概要。Plot Aは標準コムギ区、Bはイネコムギ区。


図2.正規化差植生指数によるフェノロジーのモニタリング。DASは1月1日を起算日とした日にち(12月31日は365)。


図3.WWSI(コムギ水ストレス指標)とSWC(土壌水分量)の季節変化。WWSIは、その値が小さいほど水分効率(実蒸発散量とポテンシャル蒸発散量の比)が大きいことを示す。