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『Science』に我々の研究論文が紹介されました


チベット高原における牧柵による禁牧



 
 Jian Sun先生からのコメント
 


 牧柵は、世界各地における劣化した土地の回復および生物多様性の保全のための主要な手段ですが、その利用は自然-社会システムにメリットとデメリットをもたらしています。チベット高原全域で、劣化した草原を回復する方法として、牧柵による禁牧が行われています。しかし従来の研究では、禁牧が生態系機能、野生動物、牧養力、人間と野生動物との軋轢、並びに人々の牧柵に対する認識については、限定的な理解にとどまっています。
 そこで我々は、チベット高原における牧柵による禁牧について、メタ分析、野生動物と牧柵のネットワーク分析、および牧民調査を通じて総合的な研究を行ってきました。また、学術誌『Science Bulletin』に掲載された、「チベット高原における牧柵による禁牧の効果の再検討」と題した高山草原の持続可能な管理のための政策枠組みを提言する論文を執筆しました。
 本研究は、Jian Sun(乾燥地研究センター客員准教授)、恒川 篤史(乾燥地研究センター教授)、Fei Peng(国際乾燥地研究教育機構特命准教授)、Miao Liu(乾燥地研究センター招へい研究員)(全て鳥取大学所属)によるものです。
 この論文は、学術誌『Science』のeditor’s choiceにて、「Move the fences」という見出しで紹介されました。

   
 [コンガ山(貢嘎山)]  [牧柵周辺でコドラート調査をしている様子]
   
 [家畜(羊)の放牧を締め出す牧柵。フェンスの内側(手前)と外側で植生の成長に大きな違いが見られる]   [ヤク(学名:Bos grunniens)。チベット高原における代表的な家畜の一種。ウシ科ウシ属。寒冷な気候と低酸素の環境のためチベット高原では牛の代わりに、このヤクが飼育されている]



 「牧柵を撤去せよ 」
(「Science」Editor's Choice の記事より)
Science vol. 368 no. 6494 962-963
DOI: https://doi.org/10.1126/science.368.6494.962-f


 チベット高原の繊細な高山草甸(湿性草原)システムと高山ステップシステムは、過去半世紀の間に深刻な劣化を経験してきた。これらの生息地を回復させるために、この地域全体で大規模な金属柵が設置されており、中には30年前から設置されているものもある。牧柵は、直接的な家畜による採食から植物を保護することができるが、他の生物にとっての生息地の連結性を制限し、栄養動態を阻害し、人為的にランドスケープを分断している。Sunらは、大規模なメタ分析を用いて、これらの牧柵が植生の回復に効果的だったかどうか、野生動物にどのような影響を与えたかを明らかにし、人々にどのような影響を与えたかを、現地の牧畜民への聞き取りに基づいて示した。牧柵を短・中期的に設置した場合、高山草甸と高山ステップの両方で地上部植生バイオマスを増加させることができたが、長期間牧柵を設置した場合、植物の成長と多様性が低下し、生態系に悪影響を与えた。さらに、牧柵は3種の重要な哺乳類の種であるチベットガゼル、ヤク、ロバの移動を妨げ、牧柵が設置されていない地域での放牧の影響を増大させた。牧畜民たちは、牧柵は伝統的な放牧方法の利用を妨げているだけでなく、全体的に効果がないと感じている。牧柵は、それが過渡的で一時的なものである場合に限り、有用なツールとなりうる。
—SNV Sci. Bull. 10.1016/j.scib.2020.04.035 (2020).


Credit: From Science 29 May 2020: Vol. 368, Issue 6494, pp. 962-963 DOI: 10.1126/science.368.6494.962-f. Translated & reprinted with permission from AAAS. This translation is not an official translation by AAAS staff, nor is it endorsed by AAAS as accurate. In crucial matters, please refer to the official English-language version originally published by AAAS.

クレジット:「Science 29 May 2020: Vol. 368, Issue 6494, pp. 962-963 DOI: 10.1126/science.368.6494.962-f. 」より引用。AAASから許可を受けて翻訳および転載。本翻訳はAAASスタッフによる公式翻訳ではなく、AAASが正確であることを保証するものでもありません。重要な事項については、AAASから発行されたオリジナルの英語版を参照してください。


 「Science Bulletin」誌に掲載された論文
Science Bulletin Vol. 65, Issue16 

[要約]
 牧柵による禁牧は、中国政府がチベット高原などの劣化した草原を再生するために掲げている重要な政策である。しかし、禁牧が高山生態系の機能や生態系サービスに及ぼす影響や、牧畜民の生計に与える影響についての理解は限定的である。我々のメタ分析とアンケート調査の結果、牧柵による禁牧は、チベット高原の劣化した高山草甸(湿性草原)では最大4年間、高山ステップでは最大8年間、地上部植生の成長促進に有効であったことが明らかになった。これより長期の牧柵は、生態学的・経済学的な利益をもたらさなかった。また、牧柵は野生動物の移動を妨げ、牧柵のない地域での放牧圧力を高め、牧畜民の満足度を下げ、地方政府および中央政府の両者に大きな財政費用をもたらしていることもわかった。我々は、必要に応じて伝統的な自由放牧を奨励すべきであり、深刻に劣化した草原では短期的な牧柵(4~8年)を採用すべきであり、重要な野生動物、特に保護されている大型哺乳類の種の生息地では牧柵は避けるべきであることを提言する。


Jian Sun, Miao liu, Bojie Fu, David Kemp, Wenwu Zhao, Guohua Liu, Guodong Han, Andreas Wilkes, Xuyang Lu, Youchao Chen, Genwei Cheng, Tiancai Zhou, Ge Hou, Tianyu Zhan, Fei Peng, Hua Shang, Ming Xu, Peili Shi, Yongtao He, Meng LiShow lessJinniu Wang, Atsushi Tsunekawa, Huakun Zhou, Yu Liu, Yurui Li, Shiliang Liu. 2020. Reconsidering the efficiency of grazing exclusion using fences on the Tibetan Plateau. Science Bulletin 65 (16): 1405-1414.