研究と情報処理教育にオープンソースソフトウェアを

藤巻晴行
つくばフォーラム 2004年11月号に寄稿

土壌物理シミュレーションモデル

乾燥地・半乾燥地では、過放牧、過伐採による砂漠化が進行していますが、灌漑農業によって高い土地生産性を実現してきた地域でも、地下水の過剰な汲み上げ による地下水位の低下や不適切な潅漑による塩類集積が、その土地生産性の維持に暗い陰を投げ掛けています。過剰取水を防ぐためには節水灌漑が不可欠です が、節水し過ぎると塩類が集積してしまいます。過剰な塩類を除去するためには、あえて「過剰」に灌水し、塩類を溶かし込ませて根群域下方に排出する、 「リーチング」を行う必要があります。ところが、それに伴って貴重な肥料分まで排出されてしまいます。このように、乾燥地・半乾燥地における農地の水管 理、土壌管理は一筋縄ではいきません。筆者は、乾燥地工学研究室において、水管理、土壌管理への応用を目指し、土壌物理シミュレーションモデルの開発を続 けています。土壌物理シミュレーションモデルとは、対象となるフィールドの土壌と植物の特性を入力すると、気象条件や潅漑、施肥といった境界条件に応じ て、土壌中の水と熱と溶質の挙動や、蒸発散量や、植物の生長量を数値予測するソフトウェアです。例えば次の日に降雨が予想されるときに、多量の潅水を行な い,あるいは液体肥料を混入するのは明らかに浪費です。数日後までの数値天気予報が可能になってきたのに伴い,天気予報を数値解析の入力データとして,今 後数日間の水利用効率あるいは純利益が最大となるような,潅水量およびタイミングの決定を可能とする技術的インフラが整いつつあります。高速で大容量のパ ソコンが4万円程度で入手できるようになった結果,各農場がパソコンを所有することが途上国でも絵空事でなくなってきました。少なくとも動力ポンプやスプ リンクラーを備える資金力のある農場では,数値シミュレーションの利用は不可能ではありません。 筆者は、まだ開発途上ではあるものの、土壌物理シミュレーションモデルWASH_1DをソースコードとともにWeb上で公開しています。その他にも、散布 図作成ソフトウェア、簡易画像解析、同期ユーティリティーなど、研究活動一般に役立つソフトをWindowsとLinuxの双方で公開しています (http://www.geocities.jp/fujimaki691202/)。基本的に無料のLinuxは、今後、途上国における普及が見込ま れます。いわゆるデジタルデバイドを克服する鍵です。筆者は昨年からLinuxをメイン環境としており、指導している学生たちにもLinuxを使っても らっています。

なぜ研究にLinuxか

筆者がLinux上でも動作するソフトウェアを開発しているのは、第一義的には途上国への普及を意図したものですが、Linuxを生み出したフリーソフト ウェア運動の理念 ---知の公開と共同作業--- が、科学の在り方や大学の社会的意義と合致するからでもあります。およそ論文で用いられる数値解析ソフトウェアは、ソースコードをすべて開示すべきでしょ う。さらに、他人がそのソースコードを改良し、新たなソフトウェアを開発することを妨げるべきではありません。ただし、自分が苦労して作成したソースコー ドを無償で使うからには、新たなソフトウェアのソースコードを開示し、さらなる改良の礎とさせていただく。これが多くのオープンソースソフトが採用してい るGeneral Public Licenceの骨子です。多くの研究者による実験方法の改良の筋道とまったく同じです。
数値解析ソフトウェアのみならず、研究発表の場においてもオープンソースソフトウェアが用いられるべきです。論文や講演要旨原稿のフォーマットとしてMS -Word形式が、また、学会の口頭発表でMS-Power Point形式が当然のごとく指定される場合が多々ありますが、特定企業の非公開フォーマットを指定するということは、その商用ソフトの購入を強制するこ とになり、公的な組織としては不適切ではないでしょうか。とりわけ途上国からの参加者がいる国際会議では、あってはならないことです。これは学内事務にお ける提出書類についても同様です。さらに、共同研究者どうしでデータをやりとりする際にも、高い費用を払わなければ購入できない表計算ソフトの排他的 フォーマットのファイルを送りつけるのはいかがなものでしょうか。MS-Officeとほぼ同等の機能と使い易さを有するオープンソースオフィススイートOpenOffice(StarSuite)が登場した今日、そちらの ファイル形式で統一すべきです。
Linuxに関心はあるものの、ファイル資産が多く、移行コストが大きそうだ、と移行をためらっている方も多いと思われます。しかしながら、 OpenOfficeのMS 形式のファイルとの互換性は、実用上十分なレベルです。過去の電子メールやアドレス帳もほぼ正確にインポートできます。また、Linuxにすぐに移行しな くとも、Windows版とLinux版の双方が用意されているMozilla ブラウザ・メーラーやOpenOfficeを当面は使っていれば、将来のLinuxへの移行がスムースになるでしょう。移行に伴う作業量および時 間は、もちろん無視できません。データ引越し作業やインストール作業、操作方法の学習など、少なくとも20時間程度は費やす必要があります。とはいえ、い ま億劫であるということは、今後ますますファイル資産を蓄積し、Windowsにより習熟し、ますます移行が難しくなってしまいます。それこそが独占的地 位にある企業の望むところではないでしょうか。

情報処理教育にオープンソースソフトウェアを

研究のみならず、情報処理教育にもオープンソースソフトウェアを用いるべきです。情報処理教育は,公教育が特定企業の商品選択を誘導する,という副作用を 抱えています。たとえ就職後の利用頻度が高く,学生を「即戦力」化できるとしても,特定企業による独占状態を公的機関が助長することは好ましくありませ ん。とりわけ大学は専門学校ではないのですから、現状に追随するだけでなく、将来のIT社会を構想し、導く、という主体性を持つべきではないでしょうか。 MS製品の使い方を教えないことは、必ずしも時流に逆らっているわけではありません。とりわけ欧米ではLinuxへの移